大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和35年(行)8号 判決

原告 秋家秀雄

被告 荒川税務署長 外一名

訴訟代理人 樋口哲夫 外四名

引受参加人 共栄商事株式会社

主文

原告の本訴請求のうち被告荒川税務署長との関係において別紙物件目録記載の建物が原告の所有であることの確認を求め、かつ同被告に対し所有権保存登記の抹消登記手続を求める部分はこれを却下する。

原告のその余の請求はこれを棄卸する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「一、被告荒川税務署長が訴外三河島倉庫株式会社に対する国税滞納処分により別紙物件目録記載の建物に対し昭和三二年八月二七日にした差押処分並びに昭和三四年一二月一五日にした公売処分はいずれも無効であることを確認する。二右建物が原告の所有であることを確認する。三、被告荒川税務署長は原告に対し右建物に関する東京法務局北出張所昭和三二年八月三一日受付第二四、八六八号所有権保存登記の抹消登記手続をすべし。四、被告溝島繁男は原告に対し右建物に関する右出張所昭和三五年一月八日受付第四〇七号所有権移転登記の抹消登記手続をすべし。五、引受参加人は原告に対し右建物に関する右出張所昭和三五年二月二五日受付第四、八五七号所有権移転登記の抹消登記手続をすべし。六、訴訟費用は被告ら及び引受参加人の負担とする。」との判決を求めた。被告荒川税務署長指定代理人は、本案前の申立として主文第一項と同旨の判決を求め、本案につき「原告の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。被告溝島繁男、引受参加人訴訟代理人は、同じく「原告の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

原告訴訟代理人は、請求の原因及び被告荒川税務署長の主張に対する答弁として次のように陳述した。

一、昭和三〇年七月一三日、原告は訴外三河島倉庫株式会社(以下訴外会社という。)から別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という。)を期限を昭和四〇年七月一三日として賃借し、その後昭和三一年三月一一日に右賃貸借の期間を昭和四五年七月一三日まで延長することを約定したが、昭和三一年一二月五日、原告は賃借中の右建物を代金五五〇、〇〇〇円で買い受け、代金の一部は先払賃料をもつてこれに充当し、残額は昭和三二年三月一一日に支払つた。しかして原告は引き続き本件建物を占有使用中である。

二、しかるに被告荒川税務署長は、訴外会社に対する国税滞納処分として本件建物を含む別紙物件目録記載の倉庫一棟建坪一三二坪八合全部につき昭和三二年八月二七日差押処分をし、同月三一日東京法務局北出張所に対して訴外会社名義の所有権保存登記及び差押登記の嘱託として同日同所受付第二四、八六八号により訴外会社名義の所有権保存登記を了し、次いで昭和三四年一二月一五日公売処分をした結果被告溝島繁男がこれを落札して昭和三五年一月一八日右出張所受付第四〇九号により所有権取得登記をした。さらに昭和三四年一二月二二日、引受参加人は本件建物を被告溝島繁男から買い受け、昭和三五年二月二五日右出張所受付第四、八五七号により所有権取得登記をした。

三、しかし、被告荒川税務署長の前記差押処分及び公売処分は、国税滞納者ではない原告の所有にかかる本件建物についてなされたものであるから違法である。しかも本件建物の敷地は国有鉄道の所有にかかり三河島駅構内ガード下に位置するのであるから、同駅管理部に問い合わせれば右建物の所有関係、少くとも占有関係は容易に判明したはずであり、被告荒川税務署長がかような措置をとることを怠り安易に本件建物を訴外会社の所有であると誤認してした右国税滞納処分のかしは重大かつ明白であつて無効というべく、したがつて本件建物の所有権はいぜん原告に存し、被告ら及び引受参加人名義の前記各所有権保存、取得登記はいずれもその実体を欠く無効の登記である。

四、よつて原告は右差押処分及び公売処分が無効であること並びに本件建物が原告の所有であることの確認を求めるとともに、被告荒川税務署長に対し右建物に関する第一項記載の同被告名義の所有権保存登記の抹消登記手続、被告溝島繁男、引受参加人に対し同じく同人ら名義の各所有権取得登記の各抹消登記手続を求める。

五、原告が本件建物につき登記手続を経なかつたにとは認める。

被告荒川税務署長指定代理人は、本案前の申立の理由として「行政庁である税務署長が被告適格を有するのは行政処分の取消を求める訴又はこれに準ずる行政処分の無効確認を求める訴に限られるところ、原告の請求の趣旨第二、第三項の訴は右の訴に該当しないから法律関係の帰属主体である国を被告とすべく、したがつて被告荒川税務署長は当事者能力を欠き、右訴は不適法であることを免れない。」と述べ、本案につき請求の原因に対する答弁及び同被告の主張として「一、請求原因事実のうち本件建物がもと訴外会社の所有であつたこと、被告荒川税務署長が訴外会社に対する国税滞納処分として原告主張の差押処分及び公売処分をしたこと、被告溝島繁男がこれを落札してその所有権取得登記を了したことは認めるが、原告の本件建物を買い受けたことは知らない。その余の事実は否認する。二、国税滞納処分としての差押については一般私法関係と同様民法第一七七条の適用があり、不動産物件の変動は不動産登記法の定めるところに従つて登記をしなければこれを第三者に対抗することができないところ、原告は本件建物につき所有権移転登記をしていないので仮りに原告が訴外会社から本件建物を譲り受けた事実があるとしてもこれを被告荒川税務署長に対して対抗することができない。したがつて同被告のした差押処分及び公売処分は何ら違法ではない。」と述べ、被告溝島繁男、引受参加人訴訟代理人は「請求原因事実のうち原告が本件建物を占有使用していること、被告荒川税務署長が本件建物につき原告主張の差押処分及び公売処分をしたこと、原告主張のような訴外会社名義の所有権保存登記、被告溝島繁男、引受参加人名義の各所有権取得登記がなされたことは認めるが、右各処分及び登記が無効であることは否認する。その余の事実は知らない。」と述べた。

理由

一、本案前の申立について。

原告の本訴請求のうち被告荒川税務署長との関係において別紙物件目録記載の建物(本件建物)が原告の所有であることの確認を求める部分及び同被告に対し右建物についての所有権保存登記の抹消登記手続を求める部分はいずれも通常の民事訴訟に属し、行政処分の取消を求める訴においてとくに行政庁に被告適格を認める行政事件訴訟特例法第三条の適用ないし準用はないと解されるから、この訴は権利義務の主体である国に対して提起されるべきものであり、したがつて国の行政機関にすぎない荒川税務署長を被告とする右各請求はいずれも当事者適格を有しないものに対して提起されたこととなり、不適法といわなければならない。よつて被告荒川税務署長の本案前の申立は理由がある。

二、本案について。

(一)  被告荒川税務署長が訴外三河島倉庫株式会社(訴外会社)に対する国税滞納処分として本件建物を含む倉庫一棟につき昭和三二年八月二七日差押処分をし、同月三一日に同被告の嘱託に基き東京法務局北出張所において訴外会社名義の所有権保存登記手続がなされたこと、同被告による公売処分の結果被告溝島繁男が本件建物を落札して昭和三五年一月八日に所有権取得登記手続を了し、さらに引受参加人が右建物を同被告から買い受けて昭和三五年二月二五日に所有権取得登記手続を了したことは当事者間に争がない。

(二)  原告は、右差押処分及び公売処分がなされたとき本件建物は原告の所有であつたので訴外会社に対してなされた右各処分は違法であると主張するが、仮りに原告主張のように原告が本件建物を昭和三一年一二月五日に買い受けて所有権を取得した事実があるとしても右所有権移転についてその登記のないことは当事者間に争のないところである。一般に国税滞納処分としてすでに確定した租税債権に基き滞納者の財産を差し押えた国は、民事訴訟法の規定に基く強制執行における差押債権者に準ずる地位にあると解されるから、滞納処分による差押の関係においても民法第一七七条の適用があると解すべきであり、本件ではとくに国において登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められるような特別の事情があることは何ら原告の主張立証しないところであるから、国は本件建物について右規定にいう第三者に当るといわなければならない。原告がその所有権を取得したと主張する当時本件建物が未登記であつたことは本件口頭弁論の全趣旨から明らかであるが、このことはなんら右結論を左右するものでない。してみれば前述のとおり本件建物の所有権取得につき登記のない原告はその取得をもつて国に対抗することができないのであるから被告荒川税務署長が国の機関としてした前記差押処分は何ら違法ではなく、前記公売処分も亦何ら違法ではない。したがつて右各処分を違法としてその無効であることの確認を求める原告の請求は理由がなく、さらに右各処分が無効であることを前提として本件建物が原告の所有であることの確認を求め、かつ被告溝島繁男及び引受参加人に対して(一)記載各所有権取得登記の抹消登記手続を求める原告の各請求はいずれも理由がないといわなければならない。

三、以上のとおりであるから、原告の本訴請求のうち被告荒川税務署長との関係において本件建物が原告の所有であることの確認を求める請求及び同被告に対し所有権保存登記の抹消登記手続を求める請求はいずれも却下、同被告に対するその余の請求並びに被告溝島繁男、引受参加人に対する各請求はいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 中村治朗 小中信幸)

物件目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例